身体を鍛えるということ

先日書いた大学の友人とのやり取りの中で、身体についての話題になった。お互い30歳手前になり、そろそろ意識的に運動しないといけないねということだったのだが、私の場合は心配ご無用。今が人生最高の身体であると確信している。

そんなことを彼に言うと、「いったい何になりたいのだ」と若干呆れ気味の返事が返ってきた。思えば、妻にも同じようなことを言われたことがある。さて、私は身体を鍛えて何になりたいのだろうか。

 

直接的な理由としては、ボルダリングを上達したいからという理由がある。ボルダリングは重力に逆らうスポーツで全身運動であるため、リーンであることに越したことはない。そのためには、常日頃から食生活に気を付け、身体を鍛えておく必要がある。

一方で、仮にボルダリングがなかったとしても、きっと私は身体を鍛え続けていると思う。別にボディービルの大会に出たいからとかではなく、趣味として身体づくりを継続するだろう。

それはきっと、過去大変太っていた時分に感じた劣等感や虚しさを味わいたくないからだと思う。当時は太っているというだけでバカにされたし、運動が出来ない事への無力さも感じた。その結果自己肯定感が下がってしまったというのはあると思うし、逆に痩せてから人生が好転したという実感もある。だから、過去の苦い経験を元に、二度とそのような状況に陥りたくないという想いから、身体を鍛え続けているのだと思う。

 

身体を鍛えて、日に日に良くなっていく自分の姿を眺めると、しっかりと努力が実を結んでいるという実感と共に、「やればできる」という自信を持つことができる。また、卑近な話だが、仮に嫌な奴と出会ったとしても、「最悪こいつ殺せるしな、、、」という謎の有能感も得ることができる。自分の精神を高揚させ、自信を得るためにも、身体を鍛えることは欠かせないことなのだ。

確かに30代が近づいてきて、身体が落ちていく年齢ではあるものの、先日ボディービル大会で優勝したなかやまきんに君のように、しっかりと鍛えていれば年齢など関係ない。よく言われる「年齢なんて記号だよ」とは言いたくないが、年齢に伴う肉体の衰えを気にするくらいなら、さっさとスクワットでも腕立てでもやれば良いと思う。

筋肉は、やった分だけ応えてくれる。そう、筋肉は裏切らないのだ。