緩くいこうぜ、人生長いんだ。

一度切りの人生楽しむべきだよね、絶対。

【感想】どうしても生きてる / 朝井リョウ

 

なぜ朝井リョウは、ここまで人の心を抉るような物語を描けるのだろうか。

デビュー作『桐島、部活辞めるってよ』では、充実した生活を送りながらも心にどこか喪失感を抱く高校生を描いた。『死にがいを求めて生きているの』では、人生の空虚さに耐えられない若者を描いた。そして本作では、人生を諦めながらも、それでも生きていこうとする6人の人生を描いた。

 

彼の作品を貫いているのは、ある種の喪失感や絶望だ。才能、戻らない青春、社会システム。自分を含め、世界を構成するものに対する絶望と諦めが、彼の作品にはいつもある。

しかし、それだけではただの暗い物語。朝井リョウの妙は、そこから光を見出すことだ。その光はとても小さく、本人以外の誰にも感じることはできない。どこまでも主観的なのだ。どの主人公も、最後にはそんな小さな光を掴んで物語を終える。

だから捉え方によっては、物語は全てバッドエンドとも言える。何も問題は解決していない。誰も幸せになっていない。でも、その光を掴んだまさにその人にとっては、最低限のハッピーエンドなのだ。物語は終わっても、その人は、掴んだ小さな光を胸に、その後の人生を歩んでいく。どれだけ辛くとも、後悔しても、死にたくても、物語は続く。まさに、どうしても生きてるのだ。

 

本作『それでも生きてる』は、そんな朝井リョウの色が特に濃く出ている作品だと感じた。収録された六篇の物語は、どれも人生に対する絶望に満ちている。共通点を一言で言うならば、「抑圧された声」とでも言えようか。建前と本音、嘘と本当、抑圧と解放。そんな相反する二つに挟まれた人間の抑圧された声を、社会に対する絶望に置き換えて、見事に描いている。特に、女性の社会的な立場にフォーカスした物語が二篇含まれているので、まさに昨今の世の中を反映している。

個人的には、『流転』と『そんなの痛いに決まってる』の二篇が大変心に響いた。両者とも社会人男性の苦しみを描いた物語で、同じ社会人として、登場人物の辛さが大変共感できた。

最後に収録されている『籤』も、女性目線の物語でありながら多くに人に当てはまる物語だと思う。自分で選んだ訳ではない立場や圧力に抑圧され、自由を選択できずに人生を送るということは、誰にでも当てはまる苦しさだと思う。

 

上述した通り、どの物語も社会や人生に対する諦めや絶望に満ちている。しかし、絶対に光を掴んで物語を終わっている。汚くとも、小さくとも、共感できなくとも、主人公は皆、それぞれ光を掴んで物語を終わる。だからこそ、絶望に満ちたこの世界を、自分の足で、前を向きながら生きていくことができるのだ。そんな姿を自分に照らし合わせれば、どれだけ打ちひしがれていようとも、立ち上がり、前進する勇気を得られるかもしれない。

 

やっぱり我々は、どうしても生きてるのだ。

「どうすれば英語できるようになりますか?」に対する私なりの回答

会社の後輩や同期、友人と話していると、こう聞かれることがある。

「どうすれば英語できるようになりますか?」

 

自画自賛するが、世間的に見れば私は「英語ができる人」だ。英検1級を持っており、TOEICも980と高得点(何回やっても満点は取れない)。仕事では海外ベンダーと英語のメールでコミュニケーションをとっているし、英語での電話会議をやっている。

だからこそ質問をしてくる人は、私が誰にでも適用可能で明確な最適解を持っていると思うのだろう。

 

正直に言おう。

質問している暇があったら勉強しろ。そして自分で最適解を見つけろ。

 

その人が今どれくらいの英語力を持っているのかなんて知る由もない。ましてや、これからどのレベルまで引き上げたいのかも分からない。ストイックにやるのが良いのかゆっくりやるのが良いのかも分からない。一日に勉強に割ける時間がどれくらいかも分からない。

つまり、私はその人のことは何も知らないのだ。そんな基本的な情報すら持っていない状態で、最適な回答なんてできるだろうか。

「だったら質問して一つ一つクリアにすれば良いじゃないか」と思う人がいるかもしれない。申し訳ないが、どうして私がそこまでしなければならないのか。こっちだって自分の時間がある。自分の英語力の維持だってある。その時間を割いて、何故わざわざ人の英語力を向上させなければならないのか。

 

 

というかそもそも、本当に「英語ができるようになりたい」なら、そんな質問しないで自分で色々調べて、実践してみて、それを改善するためのヒントやアドバイスを聞いてくる。

「こうこうしているのですが、TOEICの点が伸びません。何かいいアイデアありませんか?」とか、「もっと海外ベンダーと正確にやり取りをするにはどうすればいいですか?」のように、具体的な質問をしてくる。英語ができるようになる方法をこちらに丸投げすることはなく、自分に一番あった方法を手探りで作り上げている。そうであれば、こちらも具体的な回答がしやすくなる。

 

もっと言うと、そうやって質問する人は、どんなアドバイスをしたってやらないことがほとんどだ。仮に私が良い感じの答えをしたとしても、それを実行に移す人はきっとほとんどいない。「良いですね、ありがとうございます!」と表面上の受け答えをしてそのまま忘れていくのが関の山だ。

本を紹介されたなら、その場でAmazonで買う。ウェブサイトを紹介されたなら、その場で開いてホーム画面にリンクを貼る。勉強法を紹介されたなら、メモを取る。それくらいしないと、結局どれだけ言ったってやらないし、無駄に終わる。

 

随分と偉そうなことを書いたが、正直「どうすれば英語できるようになりますか?」という質問にはうんざりなのだ。必要に駆られれば、そんなこと聞かずとも勉強するだろう。そうやって質問しているという事は、きっとまだ必要に駆られていないのだ。 だったら別のことに時間を使った方がよほど有意義だ。

他人に教えを請うのは良い。誰かと協力する方が上達が早いのは間違いない。だが、何もしないで他人に自分の成長を丸投げするのは良くない。まずは自分でやってみなければ。それでも行き詰まったり、どうしても分からなければ、教えを請えば良い。

まずは自分を信じて、やってみることが大切なのだ。

 

【感想】FACTFULNESS(ファクトフルネス) / ハンス・ロスリング他

FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣

FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣

 

 

良き本。久々に一気読みした。

 

ファクトフルネスとは、思い込みを排除し、物事の真の姿をしっかりとデータ・数値で把握すること。

私たち人間は、普段10の思い込み・本能に囚われて生きている。

  1. 分断本能・・・物事を二極化して捉えてしまうこと
  2. ネガティブ本能・・・物事を実際以上に悪く捉えてしまうこと
  3. 直線本能・・・物事が直線的に進捗すると思ってしまうこと
  4. 恐怖本能・・・過剰に恐れてしまうこと
  5. 過大視本能・・・物事を過剰に大ごとに捉えてしまうこと
  6. パターン化本能・・・一つの例が他でも通用すると思ってしまうこと
  7. 宿命本能・・・物事は変えられないと思うこと
  8. 純化本能・・・シンプルな理論や原因で物事を理解できると思うこと
  9. 犯人捜し本能・・・犯人を探せば解決すると思うこと
  10. 焦り本能・・・今すぐ行動しなければならないと思うこと

上記本能は、これまで人間が生きていく中で培ったものなので、無意味ということはない。しかし、現代社会において、世界の様相や物事を正確に把握するためには邪魔になってしまうことが多い。そのようなバイアスを排除するために、思い込みを排除してデータ・数値をしっかりと見て、物事の真の姿を捉えようというのが、ファクトフルネスの根幹だ。

 

どの本能をとってみても、誰にでも心当たりがあると思う。個人的に一番しっくりきたのが、9番目の「犯人捜し本能」。これは特に現代社会に響くものでは無いだろうか。

例えばいじめ問題があった時に、まず誰もが加害者を非難する。犯人捜しだ。「いじめ」という事象においては加害者が100%悪いのだが、そこで満足してしまうと、そもそも「なぜ加害者はいじめをするに至ったのか」という問題に行き着かなくなる。実は、トリガーを引いたのは被害者側かもしれない。家庭環境に問題があって、ストレスのはけ口としていじめをしていたのかもしれない。いずれにせよ、物事には必ず根本的な原因がある。

表面的な解決は容易だが、本来の意味で問題を解決するには、この根本を解決しなければならない。そのためには、犯人捜し本能に自覚的になり、一歩踏み込んだ取り組みをしなければならないのだ。これは、いじめ問題に限らず色々なニュースや事件にも言えそうだ。

 

本書では、基本的に世界の生活レベルはどうなったかという大きな問題においてファクトフルネスの有効性が述べられている。しかし、私たちの日常、仕事にも大いに活用できる考え方であることは間違いない。特にフェイクニュースが広まっている現代では、きちんとした情報ソース・データにあたって、自分の頭で考えることが重要になると思う。

私も、先の台風19号では、窓をガードするためにどのような方法が一番良いのか、米国の災害対策局の報告書まであたった。流石にやりすぎたかもと思ったが、ツイッターで流れてくるゴミのような情報に右往左往するよりは、よほど精神衛生上良いかもしれない。

 

分厚い割にサクサク読めるので、是非多くの人に読んでもらいたい。

【感想】一発屋芸人の不本意な日常 / 山田ルイ53世

一発屋芸人。

それは、わずかな期間爆発的に売れた芸人を指す。

彼らのネタはキャッチーで覚えやすい。多くの人が彼らのネタで笑い、楽しみ、モノマネする。そして、楽しむだけ楽しむと、唐突に飽きる。捨てる。馬鹿にする。まるで、味のしなくなったガムのように。

捨てた方は良い。また新しいガムを買えば良いのだから。では、捨てられた方はどうか。路傍に捨てられた彼らは、どうなるのだろうか。これは、そんな一発屋芸人の「その後」を描くエッセイである。 

一発屋芸人の不本意な日常

一発屋芸人の不本意な日常

 

 

「○○やないか〜い!」の貴族漫才で一世を風靡した髭男爵山田ルイ53世さんによるエッセイ。内容は、タイトルの通り一発屋芸人のその後。つまり、消えた後の話である。

一発屋芸人というと、キャッチーなネタで一世を風靡し、台風顔負けの最大瞬間風速を記録した後に、気象庁もドン引くくらいの勢いで消滅する芸人のことを指す。世間一般での認識といえば、「あ〜昔いたね」とか、久々にテレビで見て「あ、生きてたんだ」くらいにしか思わないくらい影の薄い存在。代表例で言えば、波田陽区、小島よしお、スギちゃん、小梅太夫、そして、髭男爵あたりである。

本書は、自他共に認める一発屋芸人である著者が、一発屋芸人の「消えた」後の日常を描いている。なので、芸能界の華々しい話や、思わず憧れてしまうような美談は存在しない。一発屋芸人に向けられる侮蔑、嘲笑、無礼に対する恨み、嫉み、愚痴。そんなもののオンパレードである。全ての一発屋芸人の怨念がこもっていると言っても過言ではないかもしれない。

確かに内容は暗い、というか救いがないのだが、不思議と呼んでいる方は暗くはならない。それはひとえに著者の軽快な文章の賜物か、帯に書いてある通り「人生、諦めが肝心である」という哲学に支えられてのものなのかは定かではない。

でも間違いなく、本書を読めば著者、そして一発屋芸人に対する見方が変わる。彼らはバカにできるような対象ではない。飽きられようとも、消費し尽くされようとも、それでも生きているのだ。一人の人間として、彼れらをバカにすることは、決してできないし、してはならない。

 

著者は、名門中学校に入るも引きこもりになり6年間を過ごした。そして何もない状態で芸人になり、髭男爵としてブレイク。そして、一発屋として消えた。それでも著者は結婚をし、子宝にも恵まれ生きている。確かに芸人として大成はしなかったが、生きている。仕事もしている。それだけで十分なのかもしれない。そんな著者の思考が端的に表れている文章を引用する。

僕は一発屋である。

売れっ子ではない。

芸能界において主人公ではないし、トップランナーでもない。

エキストラ中のエキストラである。

(中略)

それでも、とりあえず生きる。

とりあえずは大事だ。

棺桶に入るまでは、とりあえず、それでいい。

「何もなくても、生きているだけであなたは輝いている」などと嘘を吐くことはできないが、輝かなくとも生きていける。生きていい。

それだけは確かである。

 

 

何かを成し遂げなくとも、理想の自分になれなくとも、生きているだけで十分なのかもしれない。後ろ向きでも下を向いていても、とりあえず前には進もうと思わせてくれる。

自らの失敗を笑いに変える。自らの不幸を笑いに変える。それが消えた後の一発屋芸人の生き方なら、やっぱり著者は、立派な一発屋芸人だ。

【感想】ままならないから私とあなた / 朝井リョウ

人生というのは何が起こるかわからない。生まれた環境も、持っている才能も異なる。だから人はそれを可能な限りコントロールしようと努力してきた。でも、本当に全てがコントロールできるようになったら、果たして生きている意味などあるのだろうか。その人らしさとはあるのだろうか。

人生はままならない。だから憎らしい。だから、面白い。

 

本書には、二編の物語が収録されています。

一つ目は、「レンタル世界」。実際に現在話題になっている「レンタル××」を題材にした短編。レンタル彼女やレンタル家族なんてサービスが出てきて久しいですが、どこか異様なサービスのように感じます。その異様さを描きながらも、ただ異様であるということを言うのではなく、それを利用する人がなぜそのようなものを利用するのかという視点で物語を描く点が、やっぱり朝井さんらしいところです。

 

二つ目は、表題作の「ままならないから私とあなた」。天才少女と呼ばれ、人間関係などの非合理的なものを徹底的に排除していく薫と、人の温かみや偶然の大切さを信じる雪子の物語。描かれているのは現実世界でも起きている「合理vs非合理」や「効率vs非効率」という対立。前者が薫で後者が雪子ということです。

通信、移動、人との出会いまで、一時代前は時間がかかったり我慢しなければならなかったことが、テクノロジーの進歩で、効率的にできるようになりました。それはもちろん便利なことなのですが、非効率的なことにも当然価値はあって、例えば偶発性とか、人同士のふれあいというものがなくなってしまったと言われています。そのどちらが正しいのかというのは語ることはできないのですが、得てして私たちは安易な二元論に陥りがちです。そんな考え方や価値観の相違を、薫と雪子という二人を通じて見事に描いています。

 

本書に収録された二つの物語が描いているのは、どちらもままならない人生のこと。人生は何が起こるか分からない。だからこそ面倒臭いし、可能な限りコントロールしようとする。でも、それでもできない部分があるから救いを求めたくもなるし、恨みたくもなる。でも、だからこそ、面白いしかけがえのないものでもある。

順風満帆な人生を歩んだ人なんていない。その過程で傷つき、人生を恨みたくなったこともあると思う。でも、カケラでも輝くものがあるならば、きっとままならない人生は、とても良いものであったに違いない。

そんなことを考えたりする物語です。

【感想】 天才を殺す凡人 職場の人間関係に悩む、すべての人へ / 北野唯我

 

天才を殺す凡人 職場の人間関係に悩む、すべての人へ

天才を殺す凡人 職場の人間関係に悩む、すべての人へ

 

 

これは…面白い!!!

先日電車に乗ったら、前に座っている女性がこの本を読んでいました。なかなか刺激的なタイトルなので帰りの本屋で即購入。そのまま読み進めました。

 

上述のように、なかなか挑発的なタイトルです。一見すると、「いかに日本の組織が天才と呼ばれる人をダメにするのか」というくらい本に思えますが、実際には全然違って、人間関係を円滑にし、個々の力を最大限発揮するためにはどうすれば良いかが述べられています。とても希望に満ちた実践的な本です。しかも、硬い文章ではなく、ストーリー形式で楽しみながら読めます。

 

内容は、人間には三種類が存在し、それぞれ得意分野が異なるので、上手くコミュニケーションをとることで力を最大化しよう、というものです。その三種類とは、

  1. 想像力に秀でた天才
  2. 理論と再現性に優れた秀才
  3. 感情に寄り添うのが得意な凡才

それぞれ得意分野が異なり、物事と捉え方もことなることがコミュニケーションミスを生み、人間関係を悪くしています。それぞれのことをよく知り、アプローチの仕方を学ぶことで、人間関係を円滑にし、それぞれの力を最大化することができるのです。

 

以上のことは、何か具体的なデータがある訳ではなく、著者である北野さんがコンサルタントとして詰んだキャリアの中で気づいたことを理論化したものです。だから、言ってしまえば裏付けがない。でもその分、実感が持てます。

さらに、ただ理論を紹介しているだけでなく、具体的に「天才はこう、凡才はこう。だから秀才はこうやったアプローチしましょう。」という風に実践的に書いてくれているので、すぐにでも日々の生活に落とし込みやすい作りになっています。

 

さらに本書の面白いところは、最後に読者からの声を載せている点。正確に言うと、本書の元となったブログを読んだ方々の声なのですが、今までこんな形式の本を見たことがなかったので新鮮でした。実際の読者の声があると、より内容が身近に感じられますよね。読者に対してとても丁寧な本であると感じました。

 

作中では、天才、秀才、凡才それぞれに極端に振り切った人たちが登場しますが、著者は「一人の中に天才、秀才、凡才は存在する」と述べています。誰にでも創造的な部分があり、理論的な部分があり、感情に寄り添う部分がある。その割合が異なって、個人というものができている、ということです。個人の中の三人については本書では扱われていないので、是非別の本でその部分に触れて欲しいです。

 

色々とビジネス書を読んでいますが、久々に「面白い!」と思える本に出会いました。 長いキャリアの中で、これだけ何かを理論化できたらすごいですよね。私もいつかやってみたい。

現在人間関係に悩んでいたり、組織の改革などに励んでいらっしゃる方は、是非読んでみてください。きっと何か、ヒントが得られると思いますよ。

 

【感想】世にも奇妙な君物語 / 朝井リョウ

世にも奇妙な物語

あの不思議な世界観が好きで、ついつい観てしまうのですが、作家の朝井リョウさんに至っては、なんと自分で話を作ってしまいました。

世にも奇妙な君物語 (講談社文庫)

世にも奇妙な君物語 (講談社文庫)

 

 

朝井リョウさんが描く「世にも奇妙な物語」。一話完結型の短編が5本収録されており、どれも「世にも」独特の不気味さと最後のどんでん返しがあります。もちろん、朝井リョウさん独特の胸糞悪さも満載です。

各話の概要は以下。

 

1. シェアハウさない

駆け出しライターの浩子は、シェアハウス特集の記事を担当することになった。偶然が重なり、とあるシェアハウスに潜入することができたものの、そこの住人には何やら秘密がありそうで。。。

 

2. リア充裁判

20XX年、日本国民は「コミュニケーション能力」を育成するために、SNSの使用や友人との活動が積極的に推奨されるようになった。きちんと「コミュニケーション能力」を育成するための活動ができているかチェックする「リア充裁判」というものが始まり、できていない人には課題が課される。果たして、本当の「コミュニケーション能力」とは。。。

 

3. 立て!金次郎

幼稚園の先生をする金次郎は、「保護者からのクレームを避けるために全生徒に均等に目立つ機会を与える」という方針を取る同僚の須永と対立していた。誰かから均等に与えられる機会というものは、本当に大切なのだろうか。本当に大切なことは、自分の頭で考えることではないのだろうか。。。

 

4.  13.5文字しか集中して読めな

ニュースサイト「ワールド・サーフィン」では、タイトルと13.5文字に要約している。誤解を招くこともあるが、読者の注目を引くことこそが正義。そう信じて仕事をしてきた香織は、夫の浮気を疑いながら、今日も芸能人のゴシップを過激に盛り立てる。。。

 

5. 脇役バトルロワイアル

「脇役とは何か」 。主役の影に潜む脇役とは、作品の中でどのような価値があるのだろうか。脇役としてキャリアを積んできた俳優たちが繰り広げる、主役争奪脇役バトルロワイアル

  

個人的には、リア充裁判」「立て!金次郎」「脇役バトルロワイアルが好きです。 

最初の二つは、今の日本が抱える問題を風刺しています。前者は「コミュニケーション能力」。後者は、「モンスターペアレント」。どちらも読んでいると本当に胸糞悪くなることばかりなのですが(笑)、最後にどんでん返しが来て、スカッとします。

でも、そこで終わらないのが朝井リョウ。最後にもう一捻り。 単純にスカッとして終わるのではなく、それをさらにひっくり返して物語を締めます。人によって受け取り方が変わる部分で、その余韻が素晴らしい。

最後の「脇役バトルロワイアル」は、実にメタい!とにかく読めばわかります。「あぁ〜」と思うところや、クスッと笑えるところ満載です。実写化したらめちゃくちゃ面白いと思います(笑)。

 

 

「世にも」のポイントは、完全にフィクションと言えない現実味。本書に収録されている物語も、「本当にあるんじゃないか?」と想像してしまいます。気軽にさくさく読めますので、朝井作品の入門にも良いです。

 最近は「世にも」も放送されませんので、本書であの不気味さを味わってみてはいかがでしょうか?